万年樹の旅人
「あの獣は、アズ、さまなのでしょうか?」
ようやく落ち着きを取り戻したユナが尋ねると、ルーンは頷いた。
「そう。アズの魂が具現化したもの。魂を取り戻したジェスからまた魂を刈り取ろうとしていたのだと思うわ」
ルーンの話を聞いて、ユナは身を震わせた。
以前に、聞いたことがある。夢の中での死は、現実の死にも繋がると。たとえ夢だろうと、本人が「死」と認識してしまえば、現実での自分も死を受け入れて目を覚まさないのだとか。夢にとり憑かれた小さな子供が、そのまま目を覚まさないで一生を終えた、という話もラムザ爺さんから聞かされたことがある。だからこそ、ユナは怖かったのだ。もしかしたら、自分もいつかあの獣の爪に喉を突かれて死んでしまうのではないか、と。
しかし。
「魂が具現化?」
「実体のない存在よ。焚き火をしたあとの、細い煙のようなものよ。彼は万年樹に支えられているわたしとは違って、いつか本当に消えてしまうから、ジェスが怖がることは何もないわ」
消える、と聞いて安堵している自分に嫌悪感を抱いた。
今はあんな獣の姿をしているが、人間の姿のときのアズをユナは知っている。目にはいつも冷たい光が浮かんでいた。叩頭する人間に、「楽にして構わない」と口にしながら、宙を鞭打つような鋭い光はいつだって彼の瞳に宿っていた。けれど、ルーンを見つめるときだけは違った。それをユナはよく知っている。――いや、見ていた。ジェスの目と心を通して、アズが唯一ぶ厚い鎧を脱ぎ捨てる瞬間を。まるで生まれたての赤子を見つめているような、とても柔らかい視線だった。大切なのだとわかった。
それなのに。
彼だとわかった今でも、彼が消えるとわかって嬉しいと思ってしまう心に、ユナは眉を顰めた。