万年樹の旅人
けれど、もう会えなくなる。
ラムザ爺さんも、自分の絵を楽しみだと言ってくれた教師にも。ニコルにだって、まだちゃんと謝っていない。まだたくさん、やりたいことはある。家の畑のお世話も、家畜の面倒を見るのも、ラムザ爺さんひとりではきっと大変に違いない。
ここはとても温かくて、いい匂いがする。空腹がなければ、夜お腹が減って、胃が縮むような痛みを我慢しなくてもいい。でも、羊に顔をうずめたときの幸福感はない。自分の手から餌を食べてくれたときの喜びも、畑に蒔いた種が芽が出たときの、たとえようもないほどの感動もここにいては生まれない。果実園で林檎を世話する隣のおばちゃんから、「ラムザさんに見つからないうちに食べてしまいな」と言われ、なんてことはない話を交わすことすらできなくなるのだ。
それに、ラムザ爺さんの歌がもう聴けなくなってしまう。
「僕は、帰りたい……」
ユナは俯き呟いた。
その瞬間、空気が鉛のように重くなった。
どちらも一言も話さず、ユナは自分の足元で揺れるひょろ長い草を眺めていた。やがて、居た堪れなくなったユナが顔を上げると、ルーンがじっとユナを見据えていた。瞳には、暗い絶望の色が濃く滲んでいる。
今にも泣きそうな表情を見て、ユナの胸がちくりと痛んだ。
「……わたしと一緒はいや?」
「違うよ!」
ユナは首を大きく横に振った。
「ルーンさま、違うよ。ルーンさまと一緒にいるのが嫌なんじゃなくて、僕はただ今の生活が好きなだけだよ。ラムザ爺さんの歌を聴いたり、一緒にご飯を食べたりしたいだけ。ここにいたら、苦しいことがなくなるって言いましたよね? でもそれって、楽しくない」