烏城の陽
 経験とは人生において最大の宝である。経験さえあれば同じような場面に気の利いた行動を取ることができ、その場において何がタブーな行為なのかも簡単に判断できるからだ。

 その点今回の私は運が悪かった。何故か?初対面の男に会って二十秒間で握手を求められたことなど過去に経験したことがなかったからだ。よってしばらくキョトンとしていたそのときの私にも非はない。

 遠藤と名乗った男は私の顔を見て少し困ったような、呆れたような表情を浮かべていたが、依然として彼の右手は真っ直ぐ私に向けられていた。

 相手に敵意はない。見た目で判断する限り特に不良というわけではなさそうだ。それだけ確認した私はゆっくりと、かつ紳士的に彼に対しての対処を始め、

「…………西口だ。 よろしく」

 彼の手を握り返したのである。
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