恋愛の条件
「悪いが今のあんたを抱く気にはなれない……」

「私……」

「あいつのことを忘れたいのか、まだ未練だらけなのか……中途半端に抱けと言われても迷惑だな」

言葉は辛らつなのに、彼の指は優しく奈央の涙を拭う。

その仕草がなお、彼女の胸を切なくさせる。

「ちがう、私は……」

「俺は急いでないって言ったろ?あんたは何を焦ってるんだ?」


(だって、だって……早く忘れないと、早く消してしまわないと……)


片桐はそっと奈央の身体にブラウスをかけ、抱き寄せた。

「仕事でもこんな失敗したことがないのに大誤算だ」

「片桐さん、私大丈夫だから、このまま……」

片桐のシャツを縋るように掴む。

「黒沢の代わりはごめんだな」

「そんなんじゃ……」

「あんたがちゃんと俺のことを見てくれた時に、その時には絶対に離さないからな?」

シャツを掴んでいた手が優しく振りほどかれ、身体を離される。

「今晩は悪いが送らない。タクシーは呼んでおくから使え」

片桐は衣服の乱れを直し、ベッドから離れた。

「ごめんなさい……」

「俺は待つって言ってるんだ、謝るな」

片桐の後姿からは何も読み取ることができなかったが、窓ガラスに映った顔が少し寂しそうに笑ってみえた。


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