恋結び【壱】
「―――美月…」
「っ……!」
遠距離でも良く聞こえた。
石段を登りきり鳥居の傍。
栗色の綺麗な髪を靡かせ、整った顔をした馴染みの顔。
あたしの“婚約者”。
「翔太くん………」
翔太くんの顔は悲しげで、あたしと絡まる視線が虚しい。
ゆっくり、ゆっくり確かに足を進める翔太くん。
きっとその先はあたしと遥。
あたしは怖かった。
とうとう、とうとう。
この日が来てしまった、と。
ぎゅっ。
「…」
あたしは自分の手を見た。
遥の手があたしの手を包み、強く握っていた。
「…怖がらなくていいよ」
遥の声は恐ろしい程に低く、小さかった。
視線は翔太くんに向けながらあたしにそう言った。
あたしはそれに従うように頷き握られている手を強く握り返した。
すると翔太くんはそれに気付いたのか眉をピクリと動かしていた。
ぞくり。
あたしの身体が強張った。
今日の翔太くんは格別怖く感じた。
怖くて怖くて。
あたしが怯えていた頃。
踊り場の前で、翔太くんは止まった。
「…あんたが遥って奴か」
「じゃあ君が…美月ちゃんに嫌がらせをしてる張本人かな」
「んだと、てめぇ…!!」
あたしはただ黙ることしか出来なかった。
「美月…っ!!」
「っ!!??」
あたしはビクリと肩を上げる。
「帰るぞ」
「え…」
「帰るぞっ!!」
「え…うわっ!!」
翔太くんは遥に握られていないもうひとつのあたしの手を掴んだ。
あたしはふと顔を上げ翔太くんの顔を見ると、どこか焦っていて、悲しんでいるようにも見えた。
「…翔太くん…」
「帰るぞ…美月」
「あっ…」
あたしと遥の手が離れ、片手が冷たくなって行く。
そして翔太くんはあたしを片腕で抱き、遥を睨んだ。
「美月は俺の婚約者だ。近い将来、妻になるんだよ」
「へぇ。そりゃあめでたい」
「ぜってぇ、渡さねぇ」
遥はニヤリ、笑みを溢した。
そして。
グイッ、と。
あたしの顎を無理に向かせ、口付けをした。
「…ぁ…」
あたしは俯く。
遥は翔太くんを怪しげに笑った顔で言った。
「…望むところ」
「行くぞ…美月」
「うわっ、え…ちょっ!!」
あたしたちは水城神社を出ていく。
だけどあたしはただ遥を見つめていたんだ。