恋結び【壱】



…また寝てる。
あたしはふと思うと、そーっと踊り場に向かって歩き出した。
だんだん、寝顔がはっきり見えてくる。
雪のように白い肌に、漆黒の髪がヒラヒラとかかる。
折り曲げた片足をお腹につけて安定させて。
片方の足は、白い肌を少し見せながらぶらついていた。
無造作に絡まる腕がどことなく色っぽいんだ。

「すー…すー…」

微かに聞こえた寝息。
そこから白い水蒸気が見えた。
なんとなく寒そうで寂しそうで、早く駆け付けて優しく抱き締めてしまいたい、とふと思うのだ。
そうだからか、前に進む足が少し早まっていた。

「…ん…」

遥は寝返りを打ち、髪をくしゃくしゃとたくしあげ、首に手のひらを添えて俯きながら……寝た。
あたしは一息付き静かに近寄った。
ゆっくり、ゆっくり。
早まらずに。
なんだかこの時間がもどかしくてくすぐったい。

あたしは踊り場前のお賽銭箱に手を添えて寝顔をこっそりと見つめた。
早く触れてしまいたい。
と、つい早まる。


……なんて幸せそうなんだろう。
夢の中で何か良い夢を見ているのだろうか。


あたしはゆっくりと寝てる彼の傍に寄った。
踊り場の柱にもたれ掛かった彼をただ見つめる。


―――遥…。


遥は一体どんな気持ちであたしに触れているの?
遥はあたしの気持ちがどれ程大きいか知っているの?

あたしは遥の黒い和服の裾を指で軽く摘まんだ。

いつもあたしにたくさん温もりをくれるのは遥だよね。
あたしのこと“必要な存在”って言ってくれたのも遥だよね。
雅也の事に対しても、翔太くんに対しても、あたしを包んでくれたよね。
あたしを苦しめるものも、全て遥が追い払って。

遥があたしの存在理由。
だからあたしが遥の存在理由になりたいって、心のどこかでそう思ってた。

………だけど。

無理だよね。
なれないよね。
だってきっと遥の目には私なんて映っていないから。

映っているようでそれはただの自意識。
本当はあたしに触れた指さえあたしの存在はないから。


あたしは遥の和服の裾から手を離し、遥を見つめた。
わからないけど、なんとなく切なかった。
眉が無意識に寄ってしまう。
唇を噛み締めて、目尻が熱くなって、頭がピリピリする。


改めて遥の中にあたしがいないと考えてみたら、悲しくなった。
まるで今までがあたしの妄想だったのかなって。
そんな感じがして仕方がなかった。








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