恋結び【壱】
第ニ十話 忘れたい
「暖かくなってきたわねぇ」
隣にいる夏希さんがポツリと呟く。
縁側の窓も全開にして空を見上げていた。
3月に入り少し経った頃、木は蕾を作り、小鳥は囀ずる。
暖かいこの昼間、あたしと夏希さんは縁側に腰掛けながらお茶を飲んでいた。
「だけど、まだまだ朝は肌寒いです」
「そうね、まだ3月だからね」
そうだ。
3月だからといって暖かい訳ではない。
春なのだが朝晩は肌寒いのだ。
まあ、長袖一枚と言ったところだろう。
「……」
あれからあたしは遥に会っていない。
正しくは会いに行っていない。
前までは飛ぶように行っていた水城神社。
だけど最近、家にじっとしている事が多くなった。。
時々、翔太くんに「行かないのか?」と言われる。
だがあたしは「うん」と笑顔で頷くだけ。
そんな風に会話するだけでなんだか胸が痛むのだ。
痛くて、痛くて。
その度部屋にこもってはよく泣いていた。
『……ごめん、美月ちゃん』
遥を思い出すといつもこれ。
嫌な事しか蘇らない。
それに、一秒たりとも遥のあの顔を忘れることはないのだ。
今にも泣きそうな、苦しそうな顔を。
だけど。
もう、忘れなくてはならない。
遥への想いを消さなくてはならない。
思い出も、全部、全部。
あたしの中から遥を全て―――
「美月ちゃん?」
不意に夏希さんがあたしの視界に入ってきた。
ハッとするあたしは夏希に頭を下げた。
「大丈夫よ。そろそろ、お昼ご飯にしましょうか」
「あ、はい!」
夏希さんは立ち上がりお茶を載せてきたおぼんを手に取った。
あたしは直ぐ様立ち上がり、そのおぼんの下に手を添えた。
「持っていきますよ」
「あら、大丈夫よ。あ、そうだ、美月ちゃん、翔太を呼んできて欲しいの。頼めるかしら?」
あたしは返事をして、翔太くんの部屋に向かった。
翔太くんの部屋に向かう途中、悲しそうな表情をした達大さんに会った。