恋結び【壱】

第ニ十一話 会いたい【遥said】




あの時彼女は、別れを告げた。



『ありがとう、バイバイ』




胸が押し潰されそうだった。
急に息苦しくなって。
目の前が歪んだ。
気が付けば込み上げてくる何かに呑まれ、叫びに近い声で狂ったように彼女の名前を呼んでいた。



『美月ちゃん!!!』



だけど彼女は止まってはくれなかった。
でもこの時走って追いかけていれば、何かが変わっていたのだろう。
俺の足は情けなく地面に根を貼り、動こうとはしなかった。
寒さじゃない何かに震えが生まれ、身体が震えを伴う。

どうして彼女は泣いていたのだろう。
どうして彼女は行ってしまったのだろう。

後になっては生まれる疑問。
この疑問はきっと後悔が含まれているに違いない。

口元に広がる白い息。
それが次第にに大きくなり、どんどん出てくる。
それは自分が動揺しているという証拠。

「……っ…」

冷たいものを溶かすように、頬を流れる暖かい涙。
泣くだなんて情けないことくらいわかっている。

………だけど。
悔しくて仕方がなかった。
心の中にすっぽりと穴が開いたような、何かが足りなくなる。

「っ」

ポタリと垂れた涙。
その涙は俺の手をすり抜け地面に落ちていった。
それは俺に時間がないことを教える。

だけど、焦る理由が見つからなかった。

俺は微かに滲む涙を拭う。
そして自分の透けた手をただじっと見つめる。

直に、俺は消える。
今までの記憶も全部。
昔のあの記憶も、美月ちゃんと過ごした記憶も。
この無残な記憶の断片と共に消え行くのだろうか。

ならば。
早く、消えてしまいたかった。

グラグラと揺らぐ視界。
朦朧としてきた意識が俺を呑もうとした。


……まただ。


最近、頻繁に起こる目眩に似た現象。
これが起こる時は大抵身体のどこかしら消えかかるのだ。


……もう、寝てしまおう。


俺は重たい足取りで、家へと向かった。
家に入ると玄関で乱暴に下駄を脱ぎ捨て、風呂で身体を軽く流し、浴衣が乱れたまま布団に入り込んだ。





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