恋結び【壱】


「そろそろ、起きようか」と、翔太くんの一言で、あたしは緩くなった腕から解放された。
温かい布団とは裏腹に、起き上がってあたしを包み込む空気が冷たい。
小さく身震いした後、翔太くんを見て見たら、大あくび。
あぁ、やっぱりかっこいい人はあくびまでかっこいいんだ、と思った。

障子を開け、あたしは先程と同じ様に、足を踏み入れ、歩き出す。
翔太くんは、というと。
今まで寝ていたので、熱を持つ裸足。
その裸足で板敷きに足を踏み入れて、ブルッと身震いしていた。
あたしはそんな翔太くんを見て、笑ってしまった。

「…なん、だよ…」

不機嫌そうに目を細め、あたしを睨んだ翔太くん。
あたしは「しまった!」と思い、両手で顔を隠して。

「なんでもありませーん!」

と、そのまま進行方向をさっきお母さん達がいた方に向けて、駆け出した。

「ちょ…、待てってば!」

翔太くんは焦る声で叫んで、裸足で板敷きを駆ける。
ペタペタとたるんだ音が無性に響いて。
思わず気が抜けてしまう。

翔太くんがあたしを追うために、追いかけて来る。



翔太くん。

初めて見たときは、何だか固い人なのかなぁ、そんな風に思ってた。

初めて見たときは、“婚約者”のあたしに愛想良くしてくれただけで、わざと優しくしてくれたんだと、思ってた。


2日、たった2日だけ、だけど。

なんとなく、わかった気がしたよ。

翔太くんは優しい。
それは初めて見たときから変わんない。

だけど今は、少し意地悪な事をして来るし、強引な時もある。

それに、甘く囁く事もしてくるし、優しく、頭を撫でてくれる時もある。


“婚約者”。


だからかな?

もう、決まってしまった未来だからかな?


こんなに翔太くんは優しくしてくれるのに。

あたしの、ううん。




あたし達の。



未来が見えない。




“婚約者”だから、お互い好意を持たなきゃならなくなって。

“婚約者”だから、ハラハラドキドキの一般的な恋愛がスタート出来なくて。



不安になってく。

傷ついてないだろうか。
寂しくないだろうか。
怒ってないだろうか。
鬱陶しくないだろうか。


…嫌いになったんじゃないだろうか。


どんどんネガティブになってく。



そうだ。
怖いんだ。

あたしは“男の子”という、存在自体が。

翔太くんも“奴等”と一緒なんじゃないかって…。



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