恋結び【壱】
「その反応なら、したってことだね」
「………はい…」
頭に被さる、大きな手が、あたしに温もりを与える。
なんとなく、心地好いと思った。
自分のお父さんより、いいんじゃないかって。
「そっか。それ以上はやっ―――」
「ないですっ!ないですっ!」
達大さんの言葉を途中で遮った。
すると達大さんは「冗談だよ。可愛いなぁ」なんて言い訳をする。
スッと、頭から達大さんの手が離れ、達大さんは真剣な顔付きをした。
真剣な、だけど悲しげに。
「…ねぇ、美月ちゃん」
「はい…」
少しかすれた声が、緊張を生み出す。
庭を眺める達大さんは、どこか、凛々しかった。
「……もしも…もしも美月ちゃんが、翔太以外に恋をしてしまったら。僕に直ぐ、言って欲しい」
「…え…」
翔太くん以外に…恋。
だけどあたしは……。
「あたしと翔太くんは“婚約者”だから…」
「“婚約者”だから絶対結婚する訳じゃ、無いんだよ」
絶対結婚しなくていい…?
何を言っているのだろう、達大さんは。
あたしに他の人を好きになって貰いたいのか、それとも、翔太くん一筋でいて欲しいのか。
達大さんは、口を開き、続けた。
「美月ちゃんも人間だ。他の人を好きになるのはしょうがないことだよ。このまま翔太と結ばれるなら、それはそれで都合は良い。だけどね、それは間違ってる」
達大さんは、庭から視線をあたしに移し、少し悲しげに微笑んだ。
「……美月ちゃんは、自分に正直な、恋をしなさい」
「――っ…」
達大さんの目を見て、あたしは言葉を失った。
自分に正直な恋。
“婚約者”という、強制的な恋愛に縛られない事。
自分が一番したい恋をする事。
それを達大さんは教えてくれたのかな…。
そのあと達大さんは夏希さんに呼ばれ「じゃ、またね」と笑顔で言い、その場を離れた。
“翔太くん以外に恋をしてしまったら”。
その事に、あたしは項垂れていた。
どうゆう意味なのか。
何を根拠に言っているのか。
今のあたしには、理解出来なかった。