恋結び【壱】
ジリジリと踏み寄る雅也が、怖かった。
怖くて、怖くて、仕方がなかった。
「お前の言いたい事はそれだけかって、聞いてんの」
「…うん」
「そう」
二人の間に思い沈黙が流れた。
そして、あたしたちしか、居ない、廊下に雅也の声が響いた。
「もう、つまんねぇ」
あたしは、耳を疑った。
有り得ないぐらいの低い声で、ぽろっと呟いた後、頭をかき、更に言う。
「俺等、別れよう」
「え…、どうして…」
「見て分かんない?俺には好きな人がいんの。ってか、彼女だし」
雅也は軽くははっと笑った後、「昨日プロポーズしたんだよ」などと、口々に言う。
悲しい。
いや、正しくは、虚しい。
悔しい、腹立たしい、イライラする。
彼女?
昨日プロポーズした?
じゃあどうして、昨日あたしをデートに誘ったの?
「…じゃあどうして、昨日あたしをデートに…」
「あぁ、あれね」
雅也は何かを思い出したようにパッとすると「昨日プロポーズした後、喧嘩しちゃってさ」と軽くあしらう。
「だから…ストレス解消?」
パンッ。
鋭い叩き音が廊下に響く。
手がヒリヒリと痛む。
あたしは雅也の頬を叩いたんだ。
「な、何すんだよ!てめぇ…!!」
「それはこっちのセリフだっ!!」
「…」
あたしの大きな声で、雅也は黙り込む。
橙色の光が、雅也の頬を染める。
陽が沈もうとしていた。
あたしは溜め込んでいた涙を一気に解放させる。
どっと、溢れる涙は、ポタポタ垂れていく。
「…雅也の…ばか…」
すると俯いていた顔を無理矢理上を向かせられ、唇を塞がれる。
雅也の唇で。
このキスで仲直り出来る、そう思ってた。
だけど、違った。
長く、長く、深いキスは突然終わり、雅也の鋭い瞳があたしを捕らえた。
「…まさ、や」
「勘違いすんなよ」
「え…?」
「今のキスは、お前がウザかったからしただけ。キスしたら黙るだろ?ほら、今みたいに」
最低…。
あたしの気持ち、いや、あたし自身は遊ばれてた。
今の言葉で全てわかった。
嘘だと思ったのに。
「…だけど、今の俺はもうストレスを解消しなくてもいい。だって令子がいるからな」
令子。
きっとさっきの女の人の名前。
「だから、ウザくて、面倒で大したことねぇ女…」
雅也はあたしから距離を離して冷たく言った。
「お前なんかいらない」