恋結び【壱】


ジリジリと踏み寄る雅也が、怖かった。
怖くて、怖くて、仕方がなかった。

「お前の言いたい事はそれだけかって、聞いてんの」

「…うん」

「そう」

二人の間に思い沈黙が流れた。
そして、あたしたちしか、居ない、廊下に雅也の声が響いた。

「もう、つまんねぇ」


あたしは、耳を疑った。
有り得ないぐらいの低い声で、ぽろっと呟いた後、頭をかき、更に言う。

「俺等、別れよう」

「え…、どうして…」

「見て分かんない?俺には好きな人がいんの。ってか、彼女だし」

雅也は軽くははっと笑った後、「昨日プロポーズしたんだよ」などと、口々に言う。

悲しい。
いや、正しくは、虚しい。
悔しい、腹立たしい、イライラする。

彼女?
昨日プロポーズした?

じゃあどうして、昨日あたしをデートに誘ったの?

「…じゃあどうして、昨日あたしをデートに…」

「あぁ、あれね」

雅也は何かを思い出したようにパッとすると「昨日プロポーズした後、喧嘩しちゃってさ」と軽くあしらう。

「だから…ストレス解消?」


パンッ。

鋭い叩き音が廊下に響く。
手がヒリヒリと痛む。

あたしは雅也の頬を叩いたんだ。

「な、何すんだよ!てめぇ…!!」

「それはこっちのセリフだっ!!」

「…」

あたしの大きな声で、雅也は黙り込む。
橙色の光が、雅也の頬を染める。
陽が沈もうとしていた。


あたしは溜め込んでいた涙を一気に解放させる。
どっと、溢れる涙は、ポタポタ垂れていく。

「…雅也の…ばか…」

すると俯いていた顔を無理矢理上を向かせられ、唇を塞がれる。

雅也の唇で。


このキスで仲直り出来る、そう思ってた。
だけど、違った。
長く、長く、深いキスは突然終わり、雅也の鋭い瞳があたしを捕らえた。


「…まさ、や」

「勘違いすんなよ」

「え…?」

「今のキスは、お前がウザかったからしただけ。キスしたら黙るだろ?ほら、今みたいに」


最低…。
あたしの気持ち、いや、あたし自身は遊ばれてた。
今の言葉で全てわかった。
嘘だと思ったのに。

「…だけど、今の俺はもうストレスを解消しなくてもいい。だって令子がいるからな」

令子。
きっとさっきの女の人の名前。

「だから、ウザくて、面倒で大したことねぇ女…」

雅也はあたしから距離を離して冷たく言った。

「お前なんかいらない」







< 53 / 203 >

この作品をシェア

pagetop