恋結び【壱】
「……」
「おや?」
遥はあたしの頬っぺたをプニプニつつく。
赤く染めた頬の熱が伝わってしまうんじゃないかと、緊張を生み出す。
「どうして、黙る?」
意地悪そうに言う遥は、きっと怪しげな笑みを浮かべているに違いない。
あたしはそれを確かめるべく、そーっと、顔を上げる。
が。
「顔、真っ赤だね」
「っ!!!!」
遥と視線が絡まって閉まった。
闇夜に光る、綺麗な瞳がドキドキと鼓動速くする。
その瞳からあたしは目をそらすことが出来ない。
完全にあたしは囚われの身になってしまった。
遥を見つめる瞳が、どんどん、どんどん、遥を映したいと、そらそうとしない。
熱をもった頬は一向に冷まさず、目尻を熱くさせる。
夜に遥と逢うのは初めて。
それはさっきから思っていたこと。
だけど。
こんなにも近くで。
こんなにも温もりを感じて。
こんなにも、遥を感じられているのが、不思議に思う。
「…は…る…」
ほらまた、呟いてしまう。
あたしは無意識なのだ。
こんなとき、無意識って怖いなぁなんて、思う。
遥は、あたしが呟いた後、目を細め、あたしの顎に細くて長い自分の指を這わせた。
「…その婚約者、腹立たしいですね」
そう言って、遥の顔は近付き、唇に軽く何かが載った。
口付け。
キスとは、また違う。
遥の場合は“口付け”という言葉が合っている。
“接吻”でも合うのだろう。
『腹立たしい』?
なぜ、その様なことを言うのだろうか。
遥は翔太くんに対してどのような感情を抱いているのか。
あたしには全くわからない。
唇からそっと伝わる熱。
その熱さに感じる安心感。
小さな隙間から溢れる吐息が遥を感じて。
あたしはきっと、ずっと、これを求めていたんだ。
激しいキスじゃない。
優しいキスじゃない。
深いキスじゃない。
浅いキスじゃない。
壊れ物を扱うようで、押し付けてくる唇。
そっと離れた唇から漏れる吐息が熱くて、熱くて。
何も被さらない裸な唇が、温かさを失う。
「…そんな可愛い顔、しないで」
月に照らされ、光を浴びた青年は悲しそうに微笑む。
そして、あたしの頬を両手で包み込んだ。
「…美月を苦しめるもの、俺にも頂戴?」
そう言って遥はあたしのおでこに唇を落とした。
“美月”。
遥があたしのことをそう言うと、また、桜の花弁が散っていった。