バケバケ2
ある日を境に聞こえなくなったその声を、たしかに私は覚えていた。
たまに兄は1人で出掛ける。
ずっと昔、出掛けた兄を偶然街中で見かけたことがあった。
その時私は彼女を見たのだ。
長い髪を三つ編みに結った、兄と同じ年くらいの大人しそうな綺麗な女性。
白い丈の長いスカートに小花柄のブラウスを着た彼女は、背の高い兄を見上げて微笑んでいた。
兄も彼女を見ていた気がする。
しかし、視線を兄から彼女に移したとき、もう彼女の姿は見えなかった。
私はこれまで兄の友人というのを見たことがない。
中学ではいつも誰かに囲まれていたという話を聞いたが、きっとそのどれも兄にとっては友人ではなかったのだろう。
兄はそういう人だ。
誰にも、親にさえも心を許さなかった。
そんな兄が唯一心を開いたのはあの女の人だった。
思い出した。