バケバケ2




あの人と話す時の兄の表情はどこか柔らかくて、幼い私の印象にしっかりと強く残っていた。


兄のたった1人の見えない友人。







しかし、あの日から彼女の姿は見ていない。


あの日の私は祖父の家に泊まっていたが、敷布団に慣れないせいかなかなか寝付けなかった。


喉も渇いたし、何か飲めば寝れる気がして私は部屋を出て台所へ向かっていた。


廊下を歩いていると、正面に人影があった。


暗くてよく顔は見えなかったが、兄の寝室の襖を開けたのでおそらく兄だろう。


兄も寝付けないのかと思い、声を掛けようとした私は襖に手を伸ばしたところでその手を止めた。


兄のすすり泣く声が聞こえたからだ。


空耳かもしれない。


兄が泣いた所なんて1度も見たことがなかったし、そもそも兄は人として重大な感情が欠けている人だから、何かのために泣いたりする人じゃないからだ。


私は結局、襖を開けることは出来なかった。






兄はあの時、本当に泣いていたのだろうか。






その日から、兄があの見えない女の人といる所は見かけなかった。


あの人へ向けたあの表情も見ることはなかった。








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