血も涙もない【短編集】
「僕のお母さんもいつも泣いてる」
あたしの腕からするりと冷たい手が落ちる。
眉をハの字にしてうっすらと涙を浮かべていた。
「僕ね、車に引かれて死んじゃったんだ。だから、お姉ちゃんのこと、ほっとけなかった」
そう言って、涙を流した。
本当にこの少年は幽霊らしい。そう確信した途端、なぜかあたしまで涙が出そうになった。
なんでだろう。
子供は嫌いなのに。
「お姉ちゃん、死なないでよ」
「……うん」
「死んだら、触れないし、話せないし、寂しいだけだよ」
「……」
「お母さんが泣いてるのを見て、僕も泣く。悲しいだけなんだ。だったら、僕のことなんて忘れてもいいよ、って言ってもお母さんには届かない……」
「忘れられるわけないよ」
「え?」
なんだろう。
同情でもしているのだろうか。なんで、あたしこの子を抱きしめてるの?
なんでこんなに冷たいのに、あったかいんだろう。
「思い出とか、そういうのはね。残された人の中で生きてるの。消せないんだよ」
「そうなの?」
「そ。例えば、声とか匂いとか仕草とか忘れても、笑い合ったこととか、喧嘩したこととか、覚えてるの」