血も涙もない【短編集】
しばらく俺の首にナイフを押し当ててから、微かに血の付いたナイフが首から離れた。
「嫌だな。殺りにくい。本当、先生には何でもお見通し」
苦笑いを浮かべたその目だけは上手に笑えてはいなかった。
俺は首筋に流れる血を指先で軽く触ると、その手を夜尋の唇に持っていく。
少し驚いた顔をした夜尋の唇が濃い赤で染まった。
「恵実は、こうすると楽しそうに唇を舐める。アイツは人間じゃない。吸血鬼だ」
何を言っているの、とでも言うような顔をして夜尋の唇がゆっくり動いた。
「きゅうけつ、き?それってあの吸血鬼?血を吸うヤツ?」
「あぁ、そうだよ」
すると、夜尋は信じられないと言った顔をしてから少し焦りの隠った声で言った。
「あたしを馬鹿にしてるの?吸血鬼なんて存在するわけないじゃない」
「殺し屋が何言ってんだよ」
「殺し屋は人間よ!吸血鬼は人間ですらないわ」
「それでも存在するんだ」
夜尋は強張った顔で言葉を失う。
兄貴と俺の首筋の傷。俺が貧血であること、そして恐らく兄貴の方も血を全て抜かれていた。夜尋の中で、そう考えた時、犯人が吸血鬼であるという答えで辻褄が合ってしまったのだろう。
それ以上は何も突っ込んで来なかった。