血も涙もない【短編集】
そして、目に入ったのは、
高そうなコートを身に纏い楽しそうに携帯を見つめる女の姿だった。
しばらくすると、携帯を耳に当て誰かと話をし始める。
俺は、一瞬足りともあの女から目を離さず睨み付けたまま近付いた。
憎い憎い憎い。
頭の中でそう唱えながら。
「ちぇっ、明日かよ。今吸いたかったのに」
携帯を耳から離すと、そう文句を言いながら、また携帯をいじりだす。
「他に誰がいいかなー、今日のご飯は…えーと、んー。コイツでいいか」
独り言を口にしながら、
再び携帯を耳に当てた。
俺は拳をふるふると震わしながら、女の目の前に立つ。
勿論女には見えていない。
殴ることも、殺すことも、
憎しみを口にすることも、
許されないこの体で、
女の前に立ったところで、
何が出来るってわけでもないのに。
「……俺の血は美味しかったか?」
「あー、もしもし。あたしだけどー。これから会える?」
「どうして…俺なんだよ」
「えー、会いたいよう」
「なんとか言ってくれよ!!」
女の胸ぐらを掴もうとして、そのまま体を通り抜け、バランスを崩し倒れた。
情けない。
そして、女は携帯を耳に当てたまま俺の体の上をなんともないような顔で歩く。