はらり、ひとひら。
「椎名さん」
この町は、とても静かだ。
それはここが空気の澄んだ田舎だから、というのもあるだろうけど。
それでもやけに、今日は町がひっそりしていると感じた。
盛夏の夜更けを控えめに飾る虫の声も今は─
「戦いはまだ、続いているんだ」
「…え?」
砂丘のなかに落ちたひとかけらの石を見つけるように。
暗闇を手探りで歩くように。
ただひとつたどり着きたい場所に手を伸ばすあまり
互いを傷つけ古傷をあばいて
私たちはまた、間違えていく。
「この町はもう暫くすれば、再び闇に呑まれることになる」
「鬼神の寄坐(よりまし)である椎名さんと平坂薫─
二人が同じ時代に揃った今、鬼は、目覚めることが約束されている」
産み落とされたどこまでも涼やかな声に、答えることはまだできない。
時計の短針はとうに、深夜二時を廻っていた。