はらり、ひとひら。
そんなこと…ありえるのか。顔に出ていたのか師匠がぼそりと私に言った。
「あの丘を収める氏神は大層気まぐれで人と花を愛でると聞いた。どういうわけかあいつが選ばれたんだろう。神の恩恵がなければ妖が完全な人なんぞになれん」
底知れない、神様の力。選ばれた花の妖だけが、人間になることができる。ただし…人となった以上、人と同じ時間しか生きられない。もう二度と花には戻れない。
それはなんて─…
「あの丘へ戻っても仲間たちの言葉はもう聞こえなかった。…でも、それでも人になったことを、私は後悔していない」
桔梗の声は、透き通った、すべてを受け入れては洗い流すような優しい音だった。
「桔梗…」
「お前に出会えてよかった」
振り向いて笑った桔梗は綺麗な女の人。ただの、本当に綺麗なひとだった。一人の男を想い、すべてを捨てる覚悟をして生まれ変わった。