はらり、ひとひら。
振り上げた切っ先が、白い喉を滑る。赤い水が命が裂ける音がする。
─はずだった。
「…なに!?」
ガラスが割れるようにして、ヒビの入った世界はいとも簡単に崩れ落ちたのだ。
ありえない、ここは霊界だ。黄泉の国に限りなく近い、現生との境界にあたる世界。
開くのも閉じるのも、才ある者でなくばすぐに飲み込まれてしまう。
そんな世界を崩すなんて─神の介入でもない限り…!
「師匠!!!」
開けた元いた森のはずれ。
息を切らして手に、針を持つ女が一人。
間違いなく私の本当の体に宿る、椎名杏子だった。
また、こいつに、邪魔を。
「おのれぇ!」
「…許せない、師匠をこんなに傷つけて。観念なさい澪。もう逃がさない」
ゆっくり体が弛緩していく。馬鹿め、逃げるものか。けれどもう面倒だ。何もかもこいつが、こいつが悪い。
このままでは計画は全部パア、母様に怒られてしまう、捨てられてしまう。
そんなのは駄目。どうしよう。
あ─体を取り戻して椎名杏子を、殺せばいいんだ。
「あはははは!もうたくさん、たくさんだわ。わかったわ、もう面倒なことはなしよ、返してやるわ」
「全員計画を潰した償い、拷問で払ってもらうわ!─苦しんで、みっともなくのた打ち回って死になさい!!!」