はらり、ひとひら。
先を歩く陸さんはおもむろに立ち止まって、振り返る。長い前髪で隠れた両目が、見えないけれど私を今にも射殺せそうな勢いで睨(ね)めつけているのがわかった。
「っ…」
思わず立ち竦んで蛇に睨まれた蛙のように、その場から動けない。
心臓が音を立てる。脚が震える。
耳元で唸る低い声に、
『あの部屋で、何か見ましたか』
ぞくりと肌が粟立った。
─恐怖。
「み、見てません!!」
「…そう」
違う、怖いのは陸さんじゃない。─異質だった。あの部屋自体、おかしかったんだ。ずっとあの場所に居たら気分がおかしくなりそうな感じはあった。
それでもなぜか私の手は勝手に動いて…言い訳がましいかもしれない。だけど本当に、どうかしていた。
誘われるままドアノブに手を伸ばした瞬間、床から絡繰りが飛び出して─危うく串刺しになりかけた私を救ってくれた陸さんは、私の恩人だろう。
もしあの部屋に立ち入ってしまっていたら、どうなっていたんだろうか。
「見られなくてよかった。…最悪なことにならずに、済んで」
「え……?」
「おかしい。結界は確かにあったはず……僕も千鶴も、月子でさえあの部屋にはおいそれと近寄れないのに─やはりあなたは……の」
聞き取れなかった。え? と訊ねると陸さんは首を振った。