はらり、ひとひら。
誤魔化すように黒髪を撫でる。
「ゆっくり休んで。ああいう場所はいろんなものが置いてあるから」
「神崎くんもやっぱり影響受ける?」
─椎名さんが落ち込む理由は絶対にそれだけじゃないだろう。
だけどまだ…まだほんの少しだけ猶予が欲しかった。不安がる椎名さんに、俺は笑ってうんと頷いた。
これから先、俺はいくつ彼女に嘘を吐くんだろう。
眩暈がした。誰より大事にしたいと思うこのひとを守るためにつく嘘は、はたして正義と言えるだろうか。
ちがうな、そんなものはただのエゴだ─
でも、それでも。どんな手を使っても─椎名さんを守るべきだ。いや…守りたい。本心からそう思う。
これは神崎の名を汚さないためなんかじゃない。紛れもない俺の意思だ。…それだけは確かだ。
古い記憶、「お前はまるで人形だ」と言われ続けた意思のない空っぽな俺が、こんなに。
俺の世界を彩るのはいつでも─
「また月曜日! わざわざありがとうねっ」
手を振る彼女の無垢な笑顔。あぁ好きだ、と恋情が胸を焦がす。
願わくばどうか、時満ちるまでもう少し、時間をください。
夕闇に飲み込まれた思いは天に届いたかわからない。今の彼にそれを知る由はなかった。