はらり、ひとひら。
警戒しながら歩き出す。物音ひとつしない家の中には、誰も居ないようだった。
静まり返っている。
「誰か、誰かいませんか」
暫く歩いていると細い背中が見えた。足は地をしっかりと捉え、振り向いた顔はまだ今ほどやつれていない。
「母上。歩き回ってはお体に障りますよ」
「真澄さん。え? 嫌ね、貴方まであの人みたいなこと言うんですから」
くすくす母は髪を揺らして笑った。
俺と同じ、色素の薄い薄茶色の髪。
…もしかして、この母は今より少し前の母か。
「大丈夫。見た目がこれなだけで、中身は健康そのものです」
「…そう、ですか」
適当に頷いて誤魔化した。母の優しい声。今は滅多に聞けない、会うこともできない貴重な面影。
懐かしくてたまらない。俺はいたたまれず目を逸らした。
「真澄? 帰っていたのか。帰ったのなら挨拶に来なさい」
「!」
この声は父だ。振り返ると眉間に皺を寄せ、腕を組んで俺を非難していた。
─生きている。体も、ちゃんとある。
それはそうか。これは、夢なのだから─