はらり、ひとひら。
「何をぼうっとしている。具合でも悪いのか?」
「い…いえ。平気です」
「そうか。ならいい。お前も冷えないうちに部屋に戻れよ」
「はい。ありがとうございます」
父は母に労わりかけると廊下の奥へ消えて行った。
床も畳の匂いも、間違いなく家のものだ。だけどここはまやかしの世界に過ぎない。
…早く、早く戻らなくては。
「真澄さん。どうしたの、落ち着きがないわ」
「…母上。僕…いいえ。俺は、帰らねばなりません」
告げると母は少しだけ悲しげな顔をした。
父も生き、母も歩ける。望んだ普通であたりまえの生活─
「そう。行ってしまうのね」
「はい」