はらり、ひとひら。
一日たりとも忘れたことなどあるはずがない。
だけど幼心にその悲しみは大きすぎて、心に空いた大穴を見ないよう、強がりで埋めて目を必死に背けた。
一度見たらきっと母に甘えてしまう。
さみしい、たすけて。と。
─忘れもしない。父の葬儀の日、抜け殻のようになった母を。生まれたばかりで小さい海斗を抱き潰さん勢いで抱きしめていたこと。
その肩が震えて、嗚咽を漏らしていたこと。
それを見て私は悟ったんだ。
『お母さんと小さな命を守らなきゃ。』
「ごめんなさいお父さん…ほんとに、忘れたふりをしていて…」
でもそうでないといけなかった。
誰よりも早く立ち上がらないと、本当に駄目だと思った。幼いなりに多くを考えて、たどり着いた答えがここだったんだと思う。
「いいんだよ、うん、杏子…。優しい子」
ちがう、優しくなんかない。
首を振って否定すると、「どうして?」と笑って父は涙を指で拭った。
「つらかったね。寂しい思いをさせたね…一人で全部背負ってしまって」