はらり、ひとひら。
さすがに驚いてはいたけど、抵抗するそぶりは見られなかった。ただ彼も身を任せていた。
不安そうに強張る背中をゆっくり撫でると落ち着いたのか、神崎くんの体は弛緩していく。
「なんていうか、神崎くんは良い子すぎるんだね」
「そんなんじゃ…」
「ううん。神崎くんは頑張ってる! 頑張りすぎてるの、一人で」
彼の凛とした後ろ姿が脳裏に浮かぶ。背筋の伸びた気高い背中。いつだって成績優秀、人に教えてあげることだって朝飯前。口数はちょっと少ないから、周りから一目置かれることが多いけど、信頼は厚い。
全部、神崎くんが今まで努力して積み重ねてきた結果だ。
何事にも手を抜かない、真面目な彼だからできること。
「助けて、って聞こえる。神崎くん、何か…つらそうだよ」
「…っ」
彼は何か言いかけて黙り込む。
「私はさ、高1でいきなりこっちの世界に首突っ込むようになって…椎名家がどういう家なのかわかんないし、未だに修羅の血のこともよくわかってない。だから神崎くんの背負ってる、家の重圧とか問題とか、わかるはずもないんだけど…」
彼を想うなら嘘でも同意してあげた方がよかったのかもしれない。
けれど、本当に偽りの甘い言葉で彼の傷は癒えるだろうか?
そんなの、あまりに酷で、無責任だ。
「難しいことわかんないけど、神崎くんが苦しい思いとかつらい思いするのは嫌だよ」
縋るように抱きしめた。
この腕から私の想いが全部届いて、彼の背負う荷物が少しでも軽くなったら。
背丈のかなり違う私に強制的に抱きしめられているせいで、猫のように背中を丸めた彼は彼らしくないけど、私はこっちも好きだなあ、と心の中でつぶやいた。