はらり、ひとひら。
「だが気をつけろ、本当に危なかったんだぞ。今回のような妖は厄介なんだ」
諭すような、少し責めるような声に頭を下げるしかない。
少しの心の隙が生んだ悲劇。人の心を利用する小賢しい妖。しっかり気を持たないといけないと再確認した日だった。
「まあなんにせよ、お前にいなくなられては寝覚めが悪い。…あいつに会わす顔もない」
「…あいつって?」
失言だったのか師匠は黙りこくり、そのあと何度聞いても「忘れろ」と「独り言だ」の一点張りだった。
「なんか眠くなっちゃったなあ」
「散々寝ていただろうに」
あんなの、寝てた気分じゃないって。
早くお母さんと海斗に会いたいな、そう思いながら私は師匠の背中という特等席で、澄んだ空気と星空を堪能していた。
・ ・ ・
「どこ行ってたの!!!」
前言撤回。
玄関を開けた瞬間、母の怒号がこだました。
「こんっっっな心配かけて! いきなり何も言わずいなくなる馬鹿がいるわけ!?」
いるんですよそれが、と笑うと頭をはたかれた。痛い。
「どれだけ心配したと思っ…」
不自然に途切れた言葉に顔を上げると母は顔を覆って肩を震わせていた。
…泣いてる。
どきりとして私まで、喉の奥が熱を持ち始める。
「おかあ、さん」
「海斗から電話きて、杏子が倒れてる、って聞いて…ほんとに、どうしたものかと思ったのよ」
海斗、あのあとすぐに連絡してくれたんだ。
お母さんはしゃくりあげ、私を抱き寄せて確かめる様に髪を梳いた。
やさしくて安心する匂いにどうしようもないくらい、視界がぼやけた。