はらり、ひとひら。
「かー、まったく不健全だなぁ」
「今はそれ、関係ないでしょ」
「へえへえ。わーかった。もうおふざけは止める」
言い終えるや否や、ぱっと表情を変えて千鶴兄さんは一度息をつく。
言葉を待つこと暫く。兄さんはがさごそと着物の懐から紙を取り出して俺に見せた。見た目、年季の入った、相当古いもののように見えるが…。
「これは…?」
「─『神懸り』って知ってるか?」
どきりとした。
神懸り(かむがかり)。
「人の…体に、神の魂を降ろすこと」
黄色い頭がこくりと頷いた。「さすがに知ってるか」と安堵したような声がする。
─神懸りに成功した人間は膨大な神の通力を得られるが、あくまで一時的なものであり、伴うリスクは計り知れない。
術というよりは儀式に近く、時間も体力も必要である。
器となる『人間』、降りる『神』以外に『御柱(みはしら)』と呼ばれる儀式を中心となって執り行う人間、神、妖がそれぞれ一人必要。最低でもこの計五人が揃わないと儀式は行えない。
御柱の息がぴったりあっていることは大前提として、器の体力と気力、あとは神の気まぐれで成功か失敗かが決まる。
相当難しい儀であり、禁術に近い。…万が一失敗すれば怪我じゃ済まない。だから普通は忌避される。
「これは神懸りの手順がきれいにまとめられた書物なんだが。……真澄。俺が思うに…神懸りでもしない限りは、あれには勝てないと思ってる」
「っそれは…」
─いや、考えなかったわけではない。頭の片隅では"最悪"を想定していて、最後の切り札としてそれがあった。
「あの子…いや。椎名杏子は素質がある。理想的な『器』になれるはずだ」
「…椎名さんを、器に……」
する。そんなこと…できるのか? いや…器に、自らなってしまうかもしれない。
優しい彼女のことだから。勝機があるとわかれば、どんな手段でも賭けに出る、そんな子だから。
「うあーそんな顔すんなって。いいか? あくまで最終手段。お前が思ってるとおり、これは『切り札』だ」
「…うん」
よっぽどすごい顔をしていたのか千鶴兄さんは居た堪れなさそうに眉根を下げた。
「だから"最悪の事態"を起こさないことがまず目の前の目標。…とは言っても、封印からいつ目覚めてもおかしくない綱渡りの状況なんだけど。…はいじゃあクイズ! 今俺たちにできることはなんだ?」
びしっと効果音をつけんばかりの勢い。即反応できないのは俺の悪い癖だ。
「麻上の動向を探って、平坂を見つけ出して保護して…岩の結界を強化する…?」