はらり、ひとひら。
軟禁、か。人権も何もかも犯し、どこかへ幽閉する。そうまでしなくてはならないほど、麻上は平坂の何を恐れていたのだろうか。思案を巡らせ、たどり着いた答えはひとつ。
「修羅の血…」
ぼそりと呟いた言葉に千鶴兄さんは眉をひそめる。
「『人も、妖も、神をも狂わす危険な代物。味は筆舌に尽くし難く─ひどい中毒性を有する。その血を飲んだ人間は延命効果を得、妖は妖力を増し、神は更なる霊力を手にする…もはや糧と呼ぶには程遠く、毒と呼んだほうが適切なのかもしれない』…だっけか」
そう、記されていたはずだ。先見書には。
「ふーん。そんな大層なモンかねぇ」
「おや。人の子にはわからんだろうさ」
ずっと黙っていた灯雅が煙管を吹かしながら鼻を鳴らす。
「いつの時代もその血を引く者は命を狙われていたさ。多くの神子(みこ)が犠牲となり、人、妖、神は争って…血を求めるがために流された血の量は数しれず」
まさに地獄絵図だ。血で血を洗い、尊い命のために幾多の命を奪い…蹴落として、嬲り殺して、最後に残ったものだけが手に入れられる。
目を背けたくなるような血なまぐさい歴史が、この町に隠された秘密─
「毒にも薬にもなり得る修羅の血を引いて、更には半妖ときた。そんな得体の知れない、過去に例を見ない存在を麻上は恐れたんだろうさ。立場上、上である麻上が配下の平坂に尊厳を脅かされてはたまらないからね」
「半分は人じゃないから、さすがの麻上も反逆されたら太刀打ちできないと踏んだ。だから逆らえないように閉じ込めて、犬よろしく飼い殺した…は、よくできた話なこった」
お伽話かっつーの、乾いた千鶴兄さんの声にまったく同じ気持ちを抱いた。
でも、ありえてしまう。麻上はその程度のことくらいなら100年間誰の目にもつかないよう、上手くやってのけてしまう。
あくまでも可能性の話だけれど、だ。
「……そういう生き物だろう、人間なんて。誰だって未知なる存在は気味が悪いさ」
妖も一緒だよ、と薄く笑って灯雅はぷかりと煙を吐き、長い溜息をついた。