はらり、ひとひら。
─杏子は気が立っていた。そう、浮かんだ青筋がぷちんといきそうなくらいには。
「ちょ…っと! 人の部屋で何してんの!??」
「んー。お帰り姉ちゃん」
「…おかえり」
信じらんない! と鞄を床に放った私なんて素知らぬ顔で、すぐまた二人の視線は手元のゲーム機へ。
「はぁあ…」
なにこの有り様は。地獄絵図だ。ここを地獄と呼ばずしてなんと呼ぼうか。
「あああもう、こんな散らかして…!」
床に転がったお菓子の残骸だとか、結露したペットボトルで塗れた畳だとかを拭いたり捨てても薫と海斗は動く気配がいっさいない。…ちょっと。
「いってえ!」
「痛くしてるんですー! …片付けなさい」
「はー、けちくさいなあ涼むくらいいいだろ。わかった、このステージ終わったら…」
「かーたーづーけーなーさーい」
みしみし言うゲーム機を見て冷や汗を浮かべた海斗は「はい…」と大人しく食い下がった。
みたか。これが姉の力というもの。
「ったく凶暴すぎ、暴力女。悪魔」
「なんですってええ? 人の部屋勝手に入った挙句汚したアンタが言える義理じゃないでしょ!」
「だっておれの部屋の冷房壊れちゃったんだよ!」
「知らないわよそんなの! クーラーならリビングにあるでしょ!? それか扇風機!」
「ああ!?」
姉弟喧嘩を仲裁したのお母さんの「うっさいアホ二人!」という声。扉の方に目をやると母がまんまるな目を吊り上げてお盆を持って立っていた。きょ、今日家にいたんだっけ…!?
「なに騒いでるの、お隣さんに聞こえたら恥ずかしいわよ」
これだけ離れてるし聞こえることはないと思うけど…と言いかけて口を閉じる。
「だって海斗が」
「姉ちゃんが」
「あーハイハイどっちも悪い。ごめんねえ薫くん、うるさくて敵わないでしょう。すいか頂いたから、よかったら食べてね」
すいか…!
綺麗に切られた赤い、夏の風物詩。ちゃんと3つ、同じ厚さで用意されてるあたりに母の優しさを感じる。
ああなんて美味しそうなんだろう。たまらなくかぶり付くと口の中いっぱいに瑞々しさが広がった。
「甘い…!」
「母ちゃん塩は?」
「あー忘れた。自分で取りに来なさい」
「えーっ」
「文句言うなっ」
「あでっ」
ぶうたれた海斗と小突いたお母さんが階段を降りていく。一向に動く気配のない薫はというと、すいかを不思議そうにじいっと見ていた。
「…食べないの?」
「初めて見た」
「えっほんと? 甘くておいしいよ」
すいかの味すら、忘れちゃってるんだろうか。だとしたら…もったいないな。おずおず、すいかを口に含んだ薫は「おいしい」と零し、それからむしゃむしゃ勢いよく食べ進めた。