はらり、ひとひら。


「ん。でも待って、蛟は龍神様でしょ? あの蛟が怒るなんてなんか…想像もつかないけど」

いつもニコニコしててやさ顔の、フレンドリーで明朗な神様。

すごくいい神様だと思うんだけど、超マイペースで奔放な性格だから一筋縄じゃいかないらしく、矢野先生や雪路は手を焼いてるみたいだけれど…

「そういえば」

この前も先生、すごく疲れてるみたいだったからHR後に理由を聞いたら「蛟に朝からサプライズで頭から水被せられた…」ってげんなりしていたし。
想像したらちょっと笑ってしまったけど、冷静に考えて、神様を式神にしてる矢野先生ってとんでもない立場なのでは…?


「龍神は水の神、すなわち水神だ。まあ、気性が穏やかな神なんだろう。そのお陰か表立って見えるのは和魂が強いようだが、一応荒魂も存在している筈だぞ」

「え…そうなの?」

「当然だろう。二魂が宿り始めて神として成り立つのだ」

じゃああの蛟も怒るときは怒るのか。…そうしたら、どうなってしまうんだろう。

想像して少し怖くなったところで、ぽそりと薫が「水…」と呟いた。


「薫? 喉乾いた?」

「違う。水…龍神? それ、この間森にいたあのヒトのこと?」

「お前、覚えてるのか」

師匠が意外そうに目を見開く。失礼だけど私も内心同様で、まさか薫にあの時の記憶があるとは思ってもなかった。


「わか…らない。でも……水、…龍…? おれ、知ってるかも…」


眉間に皺を寄せて呻く薫に居てもたってもいられず、背中を撫でた。
思い出そうとするとひどく頭痛がするようで痛みに苛まれながらも確かに、その唇はこう言ったのだ。


「前にも、会った」


どくり。どうして心臓が嫌な音を立てたのかはわからない。


─薫、今なんて。


「…記憶が戻り始めているのか?」

「わからないけど…俺、多分あの龍神と会ってたよ…」

「わかるんだ、見える」薫はつらりつらり、蛟の特徴的なオッドアイや長い透ける髪、立ち振る舞いに至るまで私の知っている龍神様とそっくりおんなじ特徴を述べた。


間違いない、人…いや、神違いなんかじゃなく正真正銘、蛟だ。


会って"いた"?


「つまり、定期的に会ってたってこと? っ…じゃあ! 蛟に聞けば薫の正体が」

「わかるかもしれんな。だがやめておけ杏子」

「っなんで」


重大な手がかりが一つわかったのに、どうして止めるの。師匠は薫を助けたくないの、と噛み付くのをぐっと堪える。


「行って素直に話してくれると思うか? …気まぐれに教えてくれるかもわからんが、いくらでも嘘はつける。お前にその嘘は見破れるのか?」


その通りだ。優しい蛟だけど、訊いたらなんでも教えてくれるとも限らない。


「でも…嘘なんて」










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