はらり、ひとひら。
消えた師匠を思いながら、覚悟するには何が必要なのか考えた。そもそも覚悟って何だろう。何をどうすれば、覚悟したことになるのか。
「…大丈夫なの?」
「………薫か。そういやいたんだっけ…ごめんねー、一番気まずい思いさせちゃったね」
「別に。俺は平気だけど…」
「ならよかった。私ももうダイジョーブ!」
ピースして見せると薫は相変わらずの不満げな顔で眉を寄せた。
「そんな顔で言われても説得力ない」
「…へへ」
「知り合ったばっかだしあんたのこと、よく知らないけど。そんな無理して笑うくらいなら、泣いたら」
「っ─」
やめてよ。
人が折角がんばって笑ってるのに。あぁ、いやだ。また涙が出てきちゃったよ。
慌てて下を向いて落ちてくる雫を乱暴に拭いたけど、雨漏りみたいに次から次へと止まらない。
無理してでも、笑え。泣くな。泣いたらまた、ふりだしだ。
「誰も見てない」
…やっぱり私、弱いなぁ。
ごめんね、と引きつった喉でしゃくりあげた声はひどいものだった。
誰に対して謝ったのかわからないけど。
ただ抱えた漠然とした不安に飲み込まれそうで、怖かった。
いつか師匠の口から告げられる事実に向き合えるようになるまで、あとどれくらいかかるのかな。
「強くなりたいなあ」
情けない独り言に薫はちょっとの間をおいてから、「俺も」と口にした。
・ ・ ・
side-白狐
およそ夏に似つかわしくない匂いのするここは、天上のごとく雅やかで心が安らぐ。
見事に咲いた桜は相変わらず美しかった。空間ごと心地よい霊気で満たされ、鉛のような身体が軽くなっていくのが見て取れる。
「まだ毒気が抜けないのか」
呆れたように呟いた女は、やれやれと湯呑を手渡してきた。
あいつに比べて愛想に欠ける顔立ちだが、白く伸びる指なんかはそっくりだ。
「人の顔をじろじろ見るな。何を呆けている」
「…相変わらず可愛げのない。お前も少しは愛想というものを覚えたらどうだ」
「くだらん冗談はよせ。そんなもの必要ない」