はらり、ひとひら。
それも、そうだな。今更そんなもの、振りまく相手がいないのだから。
「それより何の用だ。まさか、茶を飲むだけにはるばる霊界まで来たわけじゃないだろう」
さっさと言えといわんばかりの面差しではあったが、穏やかな顔をした彼女は青い芝へ腰を降ろした。
…気に喰わん。
「なんだ、私がここへ来るのに理由が必要か?」
「…冷やかしなら出ていくんだな」
「おお怖い」
むきになるのも愛らしいが、冗談を好まない彼女のことだ。機嫌を損ねては面倒だ。…杏子ほどこいつは単純ではないのでな。
ひとり笑っているといよいよ彼女が退屈そうに頬杖をついたので、ひとまず本題へうつることにする。
「話が多くて悪いが─まずは例の半妖の存在だ」
予想した通りの答えが返ってきたのか彼女は顔色ひとつ変えず頷いた。
「保護はできたか?」
「あぁ。お前の言った通りにしている」
「記憶が戻るような素振りは?」
「まだないが…ああ、いや。少しばかり反応があった。龍神という言葉がどうも引っかかるようだ」
「龍神」という言葉に反応したのはこちらもどうも同じようで。少女はすぐに眉根を寄せ、合点がいったように静かに声をあげた。
「やはりあの龍神、あちら側と手を組んでいるのか…」
「あくまで仮定だがな。視(み)えないのか?」
「何度も挑戦しているが意図的に遮断される。恐ろしい洞察力だ。私の力を弾くなんてこと、常人にはできない」
よほど悔しいのか言葉を捨て吐くと悔しげに唇を噛んだ。
そう。ふつうであれば、強大すぎる彼女の力は無意識の生物─自我を持った存在に対して、無差別に影響する。今でこそコントロールがだいぶうまくなった、と彼女は自分で言っていたが、昔はひどかったものだ。
街ゆく人すべての人間の、見たくもない死に際や知りたくもない今後を─延々と、ひとりで見送りつづけてきたのだから。
そんな彼女の力、『未来透視』は当然"彼女が目にした"神や妖にも通用するが、それがまったく効かないとなると。
「やはり…龍神─蛟は、私の存在に気づいているのかもしれない」
頷かざるを得なかった。