はらり、ひとひら。


「危なかったね、よかったじゃないかアンタ。主のおかげで命拾いしたね」

灯雅はケラケラ笑った。
その通りなんだけど、ちがう。

だったら一言、声をかけてほしかった。
札をすり替えて騙すみたいな真似を、神崎くんにはしてほしくなかった。


「なんで…『炙り出し』を薫に仕掛けたの?」


問うと彼は少しだけ目を伏せた。


「あの術には、二枚の霊符が使われることもある。…椎名さんは知ってるよね。一枚は対象にぶつけて、もう一枚は自分が保管する」


それは知っていた。

本来、術を練り込む─霊符と呼ばれるものは一枚につき一回の効果。

だけど『炙り出し』のような正体が明らかでないものの化けの皮を剥がすための─殺傷能力が不要な術なんかは、一度の発動で複数枚、霊符が使われることがある。


対象にぶつけて術の発動をみる霊符を、「本符(ほんふ)」。

「本符」を媒介として、「本符」と同じ反応をするのが「代符(だいふ)」。


「俺は椎名さんの隙を見て、占い師が渡した札と『炙り出し』の本符をすり替えた。
そして席を立って、あの少年が本符に触れるのを待った。─術は、発動したようだね」


神崎くんが指差した先には無残にも焦げた霊符があった。
こっちが、代符…


胸がすう、っと凪いでいく感じがする。

「薫は、妖なんだね」

「…驚いたよ。一目みてわかった。…椎名さん」

顔を上げるといつになく神崎くんの真剣な目。



「だけど違う。あれは、人でもなければ妖でもない」


だったら薫は…

─頭によぎる、半妖の2文字。


「そうだ。あれは、半妖のガキ。しかも─杏子と同じ修羅の血を引く、な」


膨大な妖気が舞い上がって白い毛が視界を邪魔した。


「師匠…!」

「逢引きにしては険悪な雰囲気がすると思ってな」


神崎くんは師匠を見ると少しだけ眉根を寄せる。


「わかっていたのか。わかっていた上で、家に招き入れたのか?」


師匠はせせら笑う。


「さあ? 答える義理はないな」

「…ッ」

「まっ、待って!」


刀を握り直した彼が私をとらえる。色素の薄い目は怒りに燃え、今にも斬りかかってきそうな権幕だ。

「どうした小僧。別に私はやりあっても構わんぞ」

なお挑発する師匠。師匠も師匠だ。やめてと脇腹を叩くがびくともしない。
だめ。
こんなところで争ったら…

不安になったところで神崎くんは静かに息をつく。
刀が鞘に収まる音が闇夜に響いた。


「安い挑発には乗らないよ。第一、君と争っても利はない」

「…なんだつまらん」



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