はらり、ひとひら。
「約束はもう、果たしてくれたよ。もう十分だよ」
その瞬間師匠はすべてを悟った目をする。
「もう、私は大丈夫…自分の身は自分で守る。だから師匠、あなたを解放します」
「っ杏子!? やめろ馬鹿はなせっ」
「…さようなら。今までありがとう」
一方的に別れを告げてごめんなさい。
こんな形でさよならはしたくなかった。
ただの私の独りよがり。
もうこれ以上傷つきたくないってだけの思いから、師匠に振るう最初で最後の術。
「本当にごめんね。怨んでも、私を殺してもいいよ。
………私ね師匠といると駄目なの。どんどん弱くなっちゃうの」
お願い。怒って、いつもみたいに。
人のせいにするなって怒鳴ってよ。
「ッ身固めを解け!!!」
待ち望んだ言葉は降ってこない。
黙って首を横に振った。
「もう、会うのはやめにしよう。お願い。私は前に進みたい」
暴れる小さな師匠に構わず窓を開ける。
転送術─術をかける対象が望む場所に飛ばされる術。
やったことはないから、成功するかわからないけど。
「杏子!!!」
「錠を守りし清き御子(おこ)、我が手は鍵、我が手は拓き」
言葉を紡いで指で印を刻む。何もない空間が引き裂かれて、形容しがたい色の混ざり合った空間が見える。
─ここが、神の住む霊界と、人の世の狭間。
あるべきところへ行って。あなたはここにいるより、もっと相応しいところがあるはずでしょう。
「開け拓けと申します」
術のせいで満足に動けない彼をそこへ放った。
まっさかさまに落ちていく師匠と閉じていく異空間。
ごめんねともう一度心の中で謝罪した。
もう、会うことはない。無理に霊界に閉じ込めてしまえば、多分もう…会えない。
正に異空間の隙間が閉じる、一瞬の合間。視界を薄い白が迸っていった。
頬をかすめたのは桜の花びら─
まるで抗うように、お前の思い通りにはさせまいと彼女は私をしっかりと見据えて攻撃を仕掛けてきたんだ。
嘘だろう。
なぜ?
「さく、ら─こ……さん」
─あぁ。あなただったのか。
「師匠の………ひと、は」
抗えない眠気にあてられ私はそのまま夢の世界へ引きずり込まれた。