はらり、ひとひら。
「何か嫌なことあったんでしょ。顔に書いてある」
なに、が。
顔を上げると薫はお見通しと言わんばかりの表情でにやりと笑っていた。
「わかるよ。それくらい」
「なに言ってるの─」
笑いかけた私の顔がひきつった。
愕然とする。
なに、その顔。
「狐が自分のことだけ守ってくれる存在だと思ってたけど、違ったとか。
信じてたのに裏切られた気持ちになったとか、そのへんでしょ。
じゃなきゃ杏子、あいつに手上げるなんてしないもん」
「っちが…!!」
「違わないね。それで突発的にきつねを捨てたんでしょ。自分のワガママで。だけど杏子は今、猛烈に後悔してる。
『どうしよう』とか『最低』とかさ、いちいち自分責めて楽しいの?」
なんで。どうしてそんなこと言うの。
言い返す百の言葉は萎んだ。
薫は恐ろしいほど的確に私の心を読み、触られたくない隠した弱みをえぐり出す。
薫の今の表情は正に"勝者"と称えるのに相応しい笑顔。
弱さをここぞとばかりに突いて優位に立つ者の顔だ。
「大層な趣味を持ってるよ。自分が可哀想だって慰めて…いつだって自分が可愛くてしょうがないんだね。
お前、本当に最低だ」
派手な音が響いた。
私の手に持っていたはずのコップがガラクタと化した音。
どこに力を入れればいいのかわからない。
喉が縮こまって視界が曇る。
「っ」
咄嗟に立ち上がって逃げ出そうとした。
もう耐えられない。
何も聞きたくないのに、薫にがっちりと腕を掴まれて、この場を離れることすら敵わない。
「放して!! 嫌!」