はらり、ひとひら。
いくら抗っても振りほどけない。暴れながら涙が散る。
この涙は悔しいから? それとも悲しいから?
「お前は逃げてばっかりだね。きつねはそれで良しとしたのかもしれない。
だけど俺はお前のそういうところが嫌い。……憎しみさえ感じるほど」
「っ─う!」
フローリングに叩き付けられた背中が痛い。
掴まれた手首が熱くて痛くてしょうがない。
馬乗りになった薫の顔が近づく。
「だけど杏子。お前は綺麗だ」
絶句した。
「は…」
「綺麗で無垢で、美しい。あのきつねはそんなお前だからこそ、穢したくなかったんだろうね。
だから逃げることを許した。精一杯守ろうとした。それは、ある意味許されるのかもしれない。
でも俺は許したくない」
何の話をしているの?
訊ねたかったけど声が出ない。
開いている方の薫の手が喉にかかって、恐ろしい。
まるで言霊を封じて私に逆らうなと言っているような。
「…妬ましい。羨ましい、同じ血を引いているのに『穢れてない』お前が」
「っ─!?」
ぽたぽた、薫の目から溢れる涙にいよいよ焦りが募る。
どういうこと?
なにかめぼしい文献を見つけたのか。
「薫、落ち着い…」
宥めようと伸ばした手は届かない。
なん、で。
「なに…? かっ薫…!?」
「う、ウ…ッ」
苦しみもがく薫が私の肩を掴んでいたからだった。
うめき声をあげながら、薫はぎりぎりと私の関節を締め上げた。大きな手、振り払えない。
並み外れた力の強さに骨が悲鳴をあげる。なにこれ、まるで締め上げられてるみたい…!
「っあ─痛い痛い、やめっ、折れちゃ…!」
言霊でもなんでも使うしかない。
痛みに耐えるために閉じていた目を無理にこじ開ける。続いて飛び込んできた光景に言葉が出ない。
もう、薫は私を掴んでいなかった。
「………気持ち悪いだろ。俺も、驚いた。でも思い出したよ」
恐る恐る手を伸ばして触れた。彼は拒まず受け入れた。
ごくり。唾を呑む。
─これは、鱗?
無数に肌を覆うように固い鱗のようなものが生えている。
ひやりとしたその手触りの鱗は顔にも腕にも、首にも…
金色の目の瞳孔がキュッと細くしなり、私をじっと見た。
「これ、」
「蛇だ。俺の母親は、蛇の妖。修羅の血を引いていたのは…父親のほうだったんだ」