はらり、ひとひら。
脳天を押していた右手が頬にかかる。
ひんやりとしたそれに思わず肩が震えてしまう。
「か、おる…?」
「…杏子は弱いし、チビだし、色気ないし可愛くないし、ホンットーーに世話が焼けるけど」
容赦ない言葉の暴力に貫かれて死にそう。
薫は私になんの怨みが…
一瞬のときめきを返せと口を開こうとしたのに。
「守ってあげる。しょうがないから」
顔を真っ赤にしてるくせに、いっちょまえに目だけはじっと見てきて。
そんな薫を前に、私が返す言葉なんて見つからない。
心がずくん、と音を立てる。
薫は─もしかして。…いや。それはないな。
ていうかなんだ。今の音。
こんなふうに男の子に甘い言葉を言われてるのに、どうして胸の高鳴りより罪悪感が大きいのか。
恐らくそれは本能的に、私と薫が『そうはなれない』と悟っていたからだと私が知るのはもう少し後の話だった。
誤魔化すように薫から離れて、本棚を漁った。
『関高築町の歴史』だっけ。さあ、早くそれを探さなきゃ。
「…あれ? 毬がなくなってる」
「…っ、ええ!? ああ、ほんとだ!!!」
・ ・ ・
白狐-side
「くっっっっそおおおおおお杏子めえぇぇぇあのガキ忌々しいことをしてくれおって!!!!! んああああ!!!!!」
「白狐。落ち着かんか」
「落ち着けるか! 貴様こそ呑気に茶なんぞ飲んでられる立場じゃないんだぞ!」
何度目のやりとりか数えることをやめた。
幾度となく当り散らしてもしれっとしたまま、顔色ひとつ変えない女が憎たらしい。
「それはそうだが…騒いだところで解決に繋がるわけでもないだろうが」
「………鬼嫁め」
「いつ私が狐に嫁入りしたんだ。お前の嫁など御免こうむる」
「かーっつまらん。ただの冗談だろうが」
しかし、こうもきっぱり断られては面白くない。
少しでも場を盛り上げようと躍起になるほど状況は最悪だった。