はらり、ひとひら。
「いたずらもほどほどにね。じゃないと麻上に叱られるよ」
「…公(きみ)は怒らないわよ。私には甘いもん」
「…へーえ」
─麻上。
すべての元凶にして黒幕ともいえる存在。
千年前、鬼を生み出した呪われた血筋。
僕は麻上家を何代にも渡って観察してきた。そこに大して深い意味合いはなく、八割暇つぶしみたいなものだったけど─
大抵の者は意思の弱い自分の生まれを呪い、隠しながら生きるような人ばかりだった。
再来する鬼に怯え、三家を怨みながら。
僕もけっこう長生きだ。
だから人の弱さは十分に理解していたつもりだったんだけど、さすがに呆れかえってしまったよ。
椎名と神崎に怯えるのはまだわかる。
千年前に我が身を滅ぼされているからね。
だけど己の配下である平坂にまで怯えるなんて。
未知なるものは恐ろしい─誰が言いだしたのか知らないけれど、まったくその通りだと思う。
だから、先代…いや、その前か。
気も力も弱いくせに口だけは一丁前な彼女の祖父は、平坂に生まれた半妖を閉じ込めた。
そもそも平坂の力は衰退しつつあった。だけれど半妖という新しい存在が生まれたことに先々代の麻上は恐れを抱いたんだね。
夜な夜な首を掻きにくるんじゃないかと心配して、ろくに眠りもできなかった。
だから幽閉した。
ご丁寧に鎖で繋いで大きな力で戸籍からも存在を消し去って、どさくさに紛れて半妖の親まで殺した。
そうして地下で育ちの日の光も知らぬ化け物…平坂薫ができあがったってところかな。
それを救うふりをして手を差し伸べたのが、今の当主。
「…麻上 交宵(あさがみ まよい)」
彼女には驚いたよ。
一目みて直感した。この子は今までの麻上の者とは違う。逸材だ、って。
目が違ったんだ。あの目は全てを達観した目つきだった。命を奪うことに惑いのない目。
優秀と称えられた先代…父親さえ超えていくだろう。
彼女ならきっとやり遂げる。
この町を見事に闇に沈める。
千年前の厄災がまた、目覚めるんだ。
「─僕はそれが見たい!」
大変愉快で結構。こんなとても楽しめそうな演目を僕が見逃すわけないじゃないか。
だから誰より側で見るために名前も全部捨ててきた。