はらり、ひとひら。


足も、腰も、胸も軽い。

まるで空気が抜けているみたいだ。


ここがもしかして、いわゆる─霊界と呼ばれる神の支配する世界なのか?


「あぁ、よく来たな。客人(まれびと)よ」


声が聞こえたのは一瞬だけ。元を辿ろうと体を捻ったが遅かった。


桜が散った。視界を真白が覆ったが、長い黒髪がかろうじて視界の端に留まった。


─そんなバカな。

ちらついた強い意思の宿った瞳を俺はよく知っている。その肌も、髪も全部。


まさか、と。
ありえない。


薄ら目を開けた。桜はもう吹雪いてはいなかった。


視界に飛び込んできたその人に目を疑う。

だけど、ちがった。


「…椎名さん……じゃ、ない」


似てはいる。
瓜二つと言っても過言ではないが彼女はこんな、冷めた目をしない。


それに気づいたのか、あの子と同じセーラー服を着た女性は少しだけ微笑んで口を開いた。


「その通り。私は違う…杏子は私の孫だ。私は桜子という」


「孫…?」


いや、それより今彼女はなんて。



「ここは私の世界。私は神だ。お前さんをここに呼んだのには理由がある」

「…っ」

「ひとつ、頼まれてはくれないか?」


ダメだ。頭がついていかない。

神? 
桜子って、あの桜子? 先見書を書いた張本人?
そもそもおかしい。人が神になれるはずがない。
ならば、桜子はもともと人間ではなかったということか?


何がどうなってる…!?

疲労によっていよいよ自分の頭がおかしくなってしまったのか。



焦りが募ったその時、違う声が響いた。


「おい桜子、この茶請け開けていいのか………ッ!??」


「…な……!??」


目を剥くのはこちらも同じだ。

次から次へと訪れる超展開に置いてけぼりを喰らう。
なんで。何が起こっている?


だが受け入れるしかないだろう。

ここが本当の霊界ならば、これはただの夢ではない。
そうであれば目の前の光景を飲み込むしか手立てはない。


銀髪に狐耳。青い瞳に九つの尾。


「なんっ、な、なんでお前が! ここに!」

「それはこっちの台詞だ…白狐!」
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