はらり、ひとひら。
「君も知ってのとおり、やがて全ては私の予言に沿った道を辿る。もう始まってしまった…残念ながらこれは変えようのない事実だ」
破られた封印。
目覚めた鬼。
町を飲み込む、人の力だけではどうにもならないほどの闇。
やはり、もう遅いのか。
「だが、抗うすべはある。君にはその力が宿っている。…二対の鬼を生んだ神崎、その直系の末裔なのだから…。
こんなこと、突然言われて信用できないかもしれない。当然だ。……だけど」
不自然に切れた言葉に不信を抱き顔を上げる。
ひとりの神は俯いていた。
その肩は震え、堪える様にきつく唇を噛む。
この人はなぜ泣いているのだろう。
「すまない…傍観者にしかなれん私を、許してくれ。
でもどうか、戦ってほしい。あの子と君の力があれば、この長い因縁は」
あぁ、そうか。
悲しいワケじゃない。この人は………
戦いとか、血とか、因縁とか。
なんだ。
なんだかもう、なんでもいい。
「…顔を、上げてください」
─今、どうするべきか。
なにをするのが正解なのか。
わかるわけもない。頭の片隅で、理解していた。
そのうえで必死に立ち上がり、恐れも不安も忘れようと走った。
たった18年生きただけの子ども二人で鎮められるような闇ではない。
それでもあなたは抗えと言う。
存在も出生もあやふやな神を、こんな状況下であっさりと信じることは容易ではない。
それでも、その流している涙のわけを知ってしまったなら?
「剣はとっくに抜いています。
僕は戦う。だけどこれは、あなたの命令じゃない。自分自身の意思で、杏子さんを守ります」
目を見張った彼女はやがてきつい目じりを下げ破顔した。
「…ありがとう」
わけのわからない神様が突然現れて言った。
「戦いなさい」と。それは死んでも椎名さんを守れと同義の言葉。
けれど同時に涙を流して告げた。
「ごめんなさい」と。
この人は、悔しいのだ。
見ているだけの自分が歯がゆくて仕方ない。
孫と俺に背負わせてしまうものの大きさを知っているから、ずっとずっと躊躇していた。
─死にゆく命を何千、何万と見送って来たであろう傲慢な神が、ひとつの御霊に執着する理由なんてひとつだ。
大切な自分の孫を守りたい。ただそれだけ。
「伝える必要はなさそうだな…すべてお見通しか。少年、これを」