はらり、ひとひら。
side-神崎
まるい瞳を可哀想なくらい泣きはらした彼女は病院へ着く間、ずっと震えていた。
もともと色白の手からは血色が失せ、あまりに見ていられず手を重ねたが手の甲は氷のように冷たかった。
誰も喋らない車内。
運転手も何も言わない。
冷房の無機質な音だけが耳に伝わる。
国道を走ること数十分。もうすっかり辺りは暗い。今、何時なんだろう。
町を抜けて市内で一番大きい病院のロビーの一角。夜遅い時間であることも加え、人影はまばらだった。
項垂れた金髪がソファーに腰を据えているのが目に留まった。
一瞬、声をかけるのを躊躇う。
こんな緊急事態に連絡を無視して寝入っていた自分が、信じられないほど憎たらしい。
「……千鶴、兄さん」
「………よ」
憔悴しきった顔がわずかに口角を上げた。
割れそうな笑顔だった。
隣の椎名さんが言葉を詰まらせたが、口を開いた。
「ごめんなさい。お願いです、お話を聞かせて頂けませんか」
こくりと兄さんは頷いて、向かいのソファに俺たちを座るよう促した。
すん、と。
兄さんが洟を啜った音か、紙コップの冷めきったカフェオレ吸った音かどちらかはわからない。
今の兄さんの顔は、見ていられない。
一瞬間をおいてから兄さんは口を開いた。
「月子は、森で襲われた」
「…! 森…」
「真澄。お前は知ってるだろうが、もともと俺たちは交代で襲岩の結界を見に行くことにしてた。これは俺たち宝生家が管理してるモノだからな。
月子も当然知ってたし、お役目だって人一倍張り切ってた。だが、アイツはまだまだ未熟だし、何よりあの場所はあまりに危険だ。
月子を一人で森に行かせることは今までしなかったんだが……」
「…襲岩?」
椎名さんが聞きづらそうに首をかしげた。
…そうか。椎名さんは、まだ何も。
「後で話すよ。ざっくり言うと森の奥のほうにある、封印された…大岩のこと」
納得したのか椎名さんは頷いてそれ以上は何も言わなかった。