硝子の桜-the LastSong-
歩く
「捕まれ」
自分が空けた穴から鳥籠の外に出ると、少年は手を伸ばした。
今まで生きてきた小さな世界から出ることに戸惑いを隠せない少女の手を取る。
引き寄せて横抱きにした。
足が宙に浮いた瞬間は心臓がドキドキとした。
速くなってしまった少女の呼吸を待つように、少年は彼女を抱き上げたまま。
「案外簡単だったろ?」
力強い腕が戸惑いすら抱きしめてくれるよう。
不敵な笑みにこくりと頷く。
部屋に入ってきた時の笑顔を思い出して、これが彼の本当のカオなんだとぼんやり思った。
「そういえばお前、名前は?」
目にも止まらない速さで廊下を駆け抜けながら少年が聞いた。
麻で造られた漆黒の防風マントを巻き付けてくれたので寒さは感じない。
けれど身を竦ませながら少女はポツリと呟いた。
「ない」