吸血鬼の思惑
第1章≪始まりと始まり≫

Prologue

 


―――ザーッ…
雨音が響く夜の街でひとつの影が走っていた。
影は暗闇に溶け込むように足音をたてず、ただ静かに走っている。
"それ"が噴水の前を通り過ぎてすぐに3つの影がバタバタと"それ"の後を追い掛けていく。

3つの影は角を曲がった際に"それ"を見失ったらしく立ち止まった。
仮面を被り、黒い服を身に纏った3つの影は息を切らしている。


「逃がしてしまったか」


右頬に赤いラインの入った仮面を被る影が悔しげに声を発した。
その隣に立つ影が仮面に手をかけゆっくりと外す。


「あぁ、また叱られますね。4年ぶりとはいえ多過ぎる」


雨で濡れた髪を物憂げにかきあげ、仮面の下に隠れていた瞳を曝し出す。
空を見上げ、見つめるその瞳は夜の街でも認識できるほどに輝いていた。


「100年に1度、あるかないかという稀なことなのに10年以内に2度も起きるとは…」


仮面にヒビの入ったものを被っている大柄な影が嘆く。
既に仮面を外している影が、その影に細長い試験管のようなガラスのケースを渡した。
ケースの中には赤黒い液体がコルクの蓋ギリギリまで入っている。

その液体を見た影はにやりと口端を上げて目の色を変えた。
勢いよく蓋を開けて口内へと流し込むと、唇についた液体も残さずに舐め取り一度肩を上下させたあと仮面を片手で割り砕いた。


「何故、先に渡さなかったのだ。これを飲めば奴を捕らえることくらい容易いことだというのに」

「そんなことを言われましても、僕は長に言われたタイミングに渡したまでです」


困ったように笑う姿は"人間"と変わりない普通の青年だが、笑う唇の両端からわずかに出ているモノは"人間"とは違う。
"人間"でいう犬歯にあたる辺りの歯が異常に長く鋭い。

彼等は影のように真っ黒な服で溶け込むケモノ。
暗闇で光る瞳を隠すために仮面を被り、夜の街を走る異端の存在。


「長がおっしゃったのならば異論はない。我はあちらへ戻る」


大柄な影は地面に落ちている割れた仮面を踏み潰して2つの影から離れるように細い路地へと歩いて行った。


「ガリオは相変わらずだな。キース、貴様は奴を意図的に逃がしただろう」



 
< 1 / 2 >

この作品をシェア

pagetop