魔法少女はじめました
 夕がどかっ、と撫子の机の上に置いた、重箱。

 運動会に持ってくるような、重箱。

「今日も多すぎるんだから、もうっ」

 目の前で頬を膨らませる夕。

 夕の細腕には不釣り合いな弁当である。

 土御門、などという仰々しい苗字からもわかるように、夕の家は陰陽道の名家。

 だからなのか?

 夕の弁当は毎日重箱弁当である。

「撫子ちゃんがいなかったら、食べきれないって!」


 …そう。

 陸上部のハードな練習で連日腹を減らしている撫子と、毎日弁当をもて余している夕。

 二人が仲良くなるのは実に自然なことだった。


 きっかけは、一年生のとき。

 その俊足にもかかわらず、購買でパンを買いそこねて空腹に耐えている撫子に、夕が声をかけたのだ。

「夕、お弁当余ってるけど、食べる?」

 と。

 それ以来、撫子はすっかり餌付けされた形である。


「あー、今日も美味しいっ!」
 
 撫子はエビフライを口に運び、きりっとした顔立ちにとろけそうな笑みを浮かべた。

 宝塚系美少女、撫子。

 女子にきゃあきゃあ言われる笑顔だが、本人に自覚はない。

「…でも、悪いね、いつもこんなにもらっちゃって」

 その言葉どおり、夕の重箱弁当はすでに半分以上が撫子によって食いつくされていた。

「いいのよー。夕には多すぎるっていうか、口に合わないっていうかあ」

 夕はにっこりしながら…手元のからあげをタバスコまみれにしている。

 いや、タバスコにからあげをトッピングしているといったほうが正しいだろうか?

 どう見てもタバスコのほうが分量が多い。

「やだっ、マイタバスコがあと一本しかないわ!帰りに買い足さなきゃ」

 恐ろしいことを呟く夕。

 こう見えて甘党の撫子には理解できない趣味である。

 撫子は、真っ赤な液体に沈んだ哀れなからあげからそっと目をそらした。



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