美味しい時間
「あ、あの、専務?」
「藤野?」
課長が怪訝な顔をして私の肩を掴んだ。それを「大丈夫です」とそっと外し、
もう一度専務に向き直ると、先に専務から声を掛けられてしまった。
「君が藤野くんか!」
へっ?
なんで私みたいな下っ端の一社員が、専務に名前を覚えられてるの?
ぽかんと口を開けて立ち尽くしていると、大きな声で笑われてしまった。その
笑い声で我に返ると、慌てて専務に頭を下げた。
「専務っ、私はクビでも構いません。でも東堂課長はこの会社に必要な存在
です。罰を与えたりしないで下さい。お願いします」
ずっと頭を下げたままでいると、ポンっと肩に手が置かれた。
「顔をあげなさい」
専務が私の身体をゆっくりと押し上げた。何となくバツが悪くて目を合わせら
れないでいると、専務にも笑われてしまった。諦めて小さく溜息をつくと、しっ
かりと専務の目を見据えた。
「うん、いい目をしているな。君に言われるまでもなく、東堂くんが我社に
とってどれだけ重要な人物か良く分かっているつもりだ。何も心配しなくて
もいい。もちろん君もだ」
「叔父様っ!」
それを聞いて、倉橋さんが声を荒げた。