美味しい時間
そんな私の姿を見て苦笑すると、専務に向き直った。
「朝からお騒がせして、申し訳ありませんでした」
「いやいや、元はといえば冴子が悪かったんだから、君が気にする必要はない。
それより。藤野くん、悪かったね。頬がかなり腫れているみたいだな。口の
中も切ってるみたいだし……」
今度は専務に顔を覗きこまれて、課長の時とは違う意味でドキドキしてしまう。
専務にしか聞こえないくらいの小さな声で「大丈夫です」と言うのが精一杯。
それを聞いた専務が、課長に何かを耳打ちした。
課長の顔が少し赤くなったような気がして、専務は愉快そうに笑っている。
「東堂くん、藤野くんを病院に連れて行ってあげなさい」
「えっ? そ、そんな病院なんて……」
いいですいいですと体の前で手を振って断っていると、課長が口角を少し上げて
ニヤリと笑いながら歩み寄ってきた。
この顔をした時の課長は危険だ。そう悟った私が身を翻そうとした瞬間……。
「きゃっ……」
腕を引かれ身体がふわっと浮いたかと思うと、ぎゅっと抱き上げられてしまった。
いわゆる『お姫様抱っこ』というやつだ。
フロア中に、おぉ~とどよめきが走る。
あまりの恥ずかしさに、課長の胸をバシバシと叩いた。
「か、課長っ、何するんですかっ!! お、下ろしてください」
結構な力で叩いてるつもりなのに、課長はいつものクールな顔を崩さない。それ
どころか、ゆっくり私の耳元に顔を近づけると、
「黙れ。じゃないと、そのうるさい口をここで塞ぐぞ」