美味しい時間
何か変なことを言っただろうか。
眉間に皺を寄せたまま、ただ目線は逸らさず何かを考え込んでいる。

「え、えっと、課長? さすがにフロアには戻りにくいし、今日は家に帰ろう
 と思うんですけど……。送ってもらってもいいですか?」

もう車に乗ってるんだし、これくらいお願いしてもいいよね?
課長が何を考え込んでいるのかは分からないけれど、ニコッと笑顔を向けた。
すると何か意を決したように頷き、後部座席から出る。そして私の腕を掴むと、
グッと引っ張りだした。訳も分からず、されるがままになっていると、今度は
助手席に座らせれた。呆然として課長の姿を目で追っていると、足早に運転席
に乗り込んだ。

「か、課長?」

何か怒らせてしまったのか……。黙ったままの課長に声をかけると、一瞬だけ
こちらを向いた。でもすぐに元の位置に顔を戻すと、エンジンをかける。
何はともあれ、送ってはくれるようだ。
しかしホっと一安心をしたのもつかの間、私を送ってくれるなら駐車場を出
て左折するところを、何故か課長は右にハンドルを切った。

「えっ!? 課長、私の家、反対ですよ」

「知ってる」

そりゃそうだよね。何回もうちに来てるんだもん。
……って、違ーうっ!!!
そんなことを言ってるんじゃないよ。

「そうじゃなくて、何で反対方向に走ってるんですか?」

「家に帰るからだろ」
< 249 / 314 >

この作品をシェア

pagetop