美味しい時間

忘れてた……。って言うより、私はもう別れたつもりだったから、もう二度と
名前を呼ぶことはないと思ってたからなぁ。
う~ん、前もすんなり呼べたわけじゃないし、照れくさい。
俯き指をもじもじさせていると、課長が恐ろしいことを口走った。

「ふ~ん、呼べないんだ。これは家に着いたら何か罰を与えないといけないよ
 な。何がいいかなぁ~」

「慶太郎さんっ!!!」

「なんだ、呼べるのか。折角いい罰が見つかったのになぁ」

意地悪く笑いながら、私の顔を覗き見た。
そりゃ課長は面白いかもしれないけど、私はたまったものじゃない。
ふんっと顔を背けると、肩を掴まれグッと抱き寄せられた。額に柔らかい感触
が落ちる。

「ごめん。久しぶりの百花の反応が可愛すぎて」

こんな風に抱かれてそんな事言われたら……。

「慶太郎さん、ズルい……」

「男はズルいもんなの」

なんだ、その勝手な理屈はっ。
でも、いつもの課長に戻ったみたいで、何となく納得してしまう。
そんな些細なことが嬉しくなって小さく笑うと、頭を軽く小突かれた。

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