美味しい時間
部屋に戻ると、以前置いておいたエプロンを付ける。手を洗い、ついでに野菜
たちを水洗いした。
チキンライスとスープの準備に取り掛かる。
課長はダイニングテーブルから椅子を引っ張ってくると、背もたれを前にして
腰掛けた。何も言わず、じっと見つめている。
「な、なに?」
「うん? いや、包丁使ってるから待ってる」
待ってる? 何を待ってると言うんだろう……。
小首を傾げて思案していると、後ろから手が伸びてくる気配がした。包丁を持っ
たまま振り向く。
「おおっ。百花包丁っ! 危ないなぁ~」
「だって、何かしようとしたでしょっ!」
「じゃあ早く包丁使い終われよ」
さっきから包丁包丁って、何が言いたいのかな、課長は……。
後ろを気にしながら、野菜を刻む手を速めた。
チキンライス用のピーマンと玉ねぎ、鶏肉。コンソメスープ用のキャベツやセロ
リ、人参とベーコンを切り終えると、それぞれ皿にまとめる。包丁とまな板を洗
い、フライパンを火にかけた。
「さてと……」
課長が椅子から立ち上がる。それを気にしながらフライパンにサラダ油を注そう
としたら、後ろから腰のあたりをギュッと抱きしめられた。驚いて、サラダ油を
こぼしそうになる。
「ちょ、ちょっと慶太郎さんっ! 何してるの?」
「くっついてる」
はぁっ!? 意味分かんないし……。
「子供じゃないんだから、離れてっ。これじゃあ作れないでしょっ!」
「嫌っ!」
「……」
嫌って……。子供そのものだよ。呆れて物が言えない。
でも前から言ってる通り、こうなった課長には何を言ったって無駄っ。
密着している部分から熱を帯びてくる。何とも落ち着かない気分のまま、フライ
パンを握った。